2006年09月19日

賽(さい)の河原の物語

賽の河原・・・

この世とあの世の間にある、三途の川の河原。

名前は知っていたけれど、そこがどんな所なのかは知りませんでした。

子を持つ親にとって、とてもせつない場所ですね。


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じぃじの仏壇の前に、なにやら小冊子が。


「在家萬徳集」


なんだらかんだら・・・ お経がびっしりと書いてありました。


パラパラと見ていると

急にお経っぽくない書き方に変わったぞ?


物語風の書き方につられて、ちょっと読んでみました。


タイトルは
『西院河原地蔵和讃』


十にも足らぬ嬰児は、
親よりも早く亡くなったことを親不孝とされ
極楽に行かせてもらえず、かといって地獄に行くこともできず
賽の河原で延々と小石を積んで過ごすのだそう。



「一重積んでは父のため
 二重積んでは母のため
 三重積んでは古里の兄弟我が身と廻向して・・・」


昼間はそうやって一人小石を積んで遊ぶけれど
夜ともなれば地獄から鬼が出てくる。


「親の嘆きは汝らが苦患を受くる種となる」


“我を恨むな”といいながら鬼は、黒金棒で小石を押し崩す。



そこまで読んで、つらくなって止めました。


姑曰く、

「残された人は先に逝った人のことをいつまでもいつまでも嘆くな、
 っていうことよ。

 忘れてはいけないし、忘れられないけど
 あっちはあっちのやり方があって、
 それにそって達者にやってるだろうから
 信じてあげるのが一番の供養だよ、っていうことよね。」



一番目の子を死産している姑の言葉には説得力がありました。



なんて悲しい物語。。。

子を持つ親にとって、
賽の河原はせつな過ぎる風景です。


思いがけず知ってしまった物語。

義兄さんは、お父さんと会えたかな。
賽の河原で再会できた親子は、無事極楽へ行けるのでしょうか。


聞きたかったけど、姑にそれは聞けませんでした。

posted by ゆりり at 12:58 | Comment(4) | TrackBack(0) | ゆりりの考え事
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この記事へのコメント
こんにちは。

6月末に叔父が亡くなったんだけど、四十九日がくるまで、仏になるために修行をする期間だと聞いたことあるよ。

向こうの世界は向こうの世界で、きっと世界があるんだと思うな。

皆が幸せに暮してる、ステキな世界であってほしいよね。

そうそう、ゆりりさん!
リンクしてもよいですか?
Posted by ◆◇リルフィ◇◆ at 2006年09月20日 14:26
リルたん、こんにちは!

リル家も喪中なのね。

修行、か。。。
どんなことをするんだろうね?

うちのお父さんは今頃何してるのかなー

生まれた瞬間に亡くなった
義兄をあやしてるかな?

リンク、もちろんOKですよ!!
(本格的に、本気モード???)
Posted by ゆりり at 2006年09月20日 15:09
詳しくは知らなかった。
そんなに悲しい物語なのね。

私の母が昨年亡くなったんだけど、一日一回は思い出しています。
もちろん、悲しさというのはだんだん落ち着いてはいるけど、思い出してあげることが供養かなと思って。

この物語のように少なくとも、私が先に何かが原因で死ななくてよかったと思ったのは確か。

やっぱり、順番どおりが一番いいかなと!
Posted by あっつん at 2006年09月20日 20:23
あっつんさん…

お母さんを亡くされたんですね。
大変でしたね。
昨年のことだから、まだまだ思い出しちゃいますよね。

私は5月に義父を亡くしました。
義理の父、なのにとてもとても悲しくて
全然、全く、ちっとも立ち直ってません。
いまだにたまに泣いてます。

父がいないので
結婚してお父さんができたことがうれしくて
それなのにあっという間に逝ってしまって
とてもつらい。。。

つらいけど、
残されたものはこちらで、
先に逝ったものはあちらで、
毎日を大切に過ごしましょうね。
Posted by ゆりり at 2006年09月21日 12:38
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