2006年07月12日

患者を生きる

明日はじぃじの四十九日の法要です。


じぃじが「肺ガン」であると告知されたのが3ヶ月前。

思いっきり身近な人がガンと告知されたのは初めてだったので
どうしたらいいかわからず、とりあえず目に付いた
「ガン」
という文字を追うことにしました。

その中で、私を夢中にさせたのは朝日新聞の『患者を生きる』

「あ〜」
「そっか・・・」
「えぇ!」
「・・・」

ため息をつきながらも毎回かかさず読みました。

それまでは
ガン=死
という簡単な式としてしか見ていなかった私。

たくさんの患者さんの記事を読むごとに
それが間違いであるとわかりました。

「患者を、生きる」
「患者として、生きている」

患者の皆さん、大変失礼しました。ごめんなさい。

じぃじのおかげで、視野が少し広がりました。
posted by ゆりり at 22:44 | Comment(2) | TrackBack(0) | じぃじ
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この記事へのコメント
こんにちは。

風邪などの軽い病気にはすぐかかると思っているのに、『ガン』や『うつ』となると、なんだか他人事のような感じがしてしまいますね、確かに。

でも、「自分もそうした病気になることがある」と思って、すなわち病気になること前提で生活をしていくことが大事なのかもしれませんね。

私の妻のお父さんは肺ガンで若くして召されました。その後、妻は看護の道を志し、予防医学の大切さを私に説いています。

また、私の知り合いで、何年も前に甲状腺のガンと診断された女性がいるのですが、びわの葉のお灸をやったり、食生活を改善して今もなお、病気と向き合っています。そして私たちに(健康のために)そうした食生活をしてほしいと訴えています。

私たちはその立場や状況に置かれないと、なかなか自分のこととして考え、行動することができない傾向にあります。

でも、後で後悔しないためにも、今のうちにできることをやっておく。病気になることを前提で、「じゃ、病気にならないためにはどのような生活をしなければならないのか」。考えて行動していく。

それが大事なのだとゆりりさんのブログを読んでいて感じさせられました。

ありがとうございます。
Posted by うつぎ at 2006年07月18日 05:35
うつぎさん、
とっても心のこもったコメントを
ありがとうございました。


うつぎさんのお舅さんも肺ガンだったんですね。
大事なお父様を亡くされて、奥様はさぞかし・・・「くやしかった」んではないでしょうか。
もちろん「さみしかった」「かなしかった」もあったのでしょうが、何よりも悔しかったのだと思います。
だからこそ、看護の道を志したのだと思います。
私も今回、突如『介護』にぶち当たりました。
まさかわたしがこんなに早く大人用紙おむつを買いに走るとは思いませんでした。

実際、その立場にならないとわからないことがあります。
また、その立場に、思いがけず急に立たされることが多々あります。

これって子育てにも当てはまりますよね。

日々の出来事にくだらないとか無駄なものなんてない、と、私は思います。
毎日を大切に、充実させながら生きていきたいと思ってます。
Posted by ゆりり at 2006年07月18日 17:11
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